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「事例性」について小規模事業者専門の産業医が解説します

更新日:10月11日

――訴訟とならないために人事労務担当者に知っておいてほしいこと――




 職場のメンタルヘルス不調の文脈で、時々目にする「事例性」という言葉。

とてもわかりにくい専門用語みたいなものです。


 私は小規模事業者専門で10年以上産業医活動をしています。


「このケースは事例的に対応していきましょう」と意味が伝わらないことを承知で人事労務担当者に対して言ったことが何度もあります。


 「事例性」に対する言葉として「疾病性」があります。疾病性はわかりやすいと思います。多くの人事労務担当者がメンタルヘルス不調の場合に「疾病性」を重く捉えすぎているように思います。メンタルヘルス不調の「疾病性」については一般的には精神科医が判断し評価するものになります。産業医がいるところでは産業医が判断できるかもしれませんが、治療ができる臨床医が評価するのが普通です。

 

 人事労務担当者の方は「事例性」だけを評価するように心がけてください。


「だーかーら、事例性って何ですか?」という声が聴こえてきそうなので、できるだけわかりやすく解説していきます。



そもそも事例性の解説が間違っている?


 「疾病性」が存在していることが前提で「事例性」について解説している専門家(精神科医、臨床心理士・カウンセラー、産業医・労働衛生コンサルタント)が多いですね。


 メンタルヘルス不調の文脈でしか使われないので仕方ないかもしれませんが、現実には「事例性」を放置した結果「疾病性」が生じるのです。もともと従業員が「うつ病」であったとしてもこれは変わりません。

 「疾病性」があるから「事例性」を考えるという誤解が、メンタルヘルス不調が減らない一番大きな原因です。

 

 メンタルヘルス不調を予防するには「事例性」の評価はとても重要です。でもメンタルヘルス不調の専門家の多くは、不調になってから従業員と出会うので、すでに「疾病性」が存在していますし、専門家たちが扱うのは「疾病性」だけになり「事例性」は範疇ではないと考えています。


 ここで代表的な例をお示しします。


ケーススタディ


学生時代に「うつ病」で入院したことのあるITエンジニア30歳男性Aさんの例です。


 Aさんは、2年前に中途入社し「マネージャー」として一生懸命に働いていました。残業も多く、顧客との打ち合わせも毎日あります。半年前に部下が休職し、さらに2か月前に部下が産休に入ってしまい、休日出勤も増えました。その頃から寝つきが悪くなり、遅刻も週に1、2回するようになりました。顧客からもクレームが入るようになり、仕事中も些細なことでイライラするので、そんなAさんを見かねた上司がAさんと面談し、遅刻や態度などを注意しました。翌日「適応障害」の診断書を提出して休職となりました。


 このケース、事例性も疾病性も多く含んでいますね。


まず事例性の部分を抜き出します。

 ①中途入社

 ②マネージャーという立場(業務)

 ③残業が多い

 ④顧客との打ち合わせ

 ⑤部下が休職

 ⑥部下が産休

 ⑦休日出勤

 ⑧遅刻


次に疾病性の部分ですが、

 ①一生懸命

 ②寝つきが悪くなり

 ③些細なことでイライラ

 ④適応障害


 イメージできましたか?「事例性」とは「従業員の背景」みたいなものですね。

事例性の①~⑧で人事労務的な問題(障害)となっている(なりうる)ものはどれでしょうか?


 こういうケースで人事労務担当者や経営者は、「一生懸命だけど無理していたよね」、「前職辞める時も適応障害だったの?」「学生時代のうつ病の話は入社時に聞いてないよ」とか言います。「疾病性」しかみていないような思考です。


 センスのある方は「残業が多すぎた」「マネージャーという業務が負担だった」「欠員があったのに補充ができなかった」「遅刻が多くなった時に対応しておけばよかった」と「事例性」だけに注目します。だから会社として正しい反省ができて次に生かせますし、復職の際ももめることは絶対にありません。


 「事例性」とは「具体的な事実」なのです。人事労務担当者もメンタル不調に陥った従業員もどちらも理解でき、捉えることが可能です。


 いっぽう「疾病性」は、メンタルヘルス不調の場合は、形が見えないし、個々のケースによって違いがあるので、会社として捉えることは困難です。その従業員を診察した精神科医のみが判断できることになります。「寝つきが悪い」=「不眠症」と思うかもしれませんが、その重症度や治療方法はきちんと診察を受けないとわからないことです。そしてこのケースでは診断は「適応障害」です。適応障害の結果「不眠」や「イライラ」が生じているのです。


 さてAさんは休職のうえ療養し、就労可能なレベルにまで回復しました。主治医からも「就労可能」という診断書が発行されました。


 産業医がいる会社であれば、「復職可能なレベルにまで回復しているか」、「復職後の業務配慮について」産業医に意見を求めることができます。


 産業医がいないと、人事労務担当者が対応することとなります。困りましたね、、、



安心してください!「事例性」だけですよ!




 多くの担当者の方が「どうせ診断書は本人の言うとおりに書いている」、「すぐに再発するだろう」と「疾病性」ばかり心配するのですが、間違っています! そんなことだから訴訟になるのです。

 もっと言うなら精神科医を馬鹿にしすぎです。診断書に嘘は書けません!


 人事労務担当者は疾病性については考えず、事例性①~⑧について会社ができる配慮を検討するだけで良いのです。


 残業は当分は禁止して、人員も増員。顧客との打ち合わせも1か月は様子をみながら、再発や再燃の兆候があったらそれは「疾病性」なのですぐに主治医に相談する。


 規模が小さく、人員も厳しい会社であれば「配慮ができる余裕がないので、配慮が不要になる状態まで回復していない場合は復職させられない。」という判断を堂々としてください。気を遣って、伝えるべきことを伝えず、余裕もないのに「配慮」をすると他の従業員がまいってしまいます。

 これも「事例性」です。「事実」をはっきりと伝えることで、Aさんは他の仕事を探す気持ちになれるかもしれません。



 従業員も人事労務担当者も「事実」と向き合うことが大切です。



 言いにくいこともあると思います。このケースで遅刻が目立った時に事例的に対応していれば、休職には至らなかったかもしれません。

来月増員予定であると伝えれば、Aさんは出口の光がみえ、安心して寝つきも改善したかもしれません。(嘘を伝えるのは絶対にだめですよ)


 またマネージャーとしては能力不足ということもあると思います。その評価を事実としてしっかりと伝えることも重要です。


 センスのある人事労務担当者がいるとこのケースでみられた「遅刻」すら起こりません。

ふだんから個々の従業員の職場での背景をしっかりと把握するためにコミュニケーションをとりながら見守っているからです。


 「事例性」をメンタルヘルス不調の予防段階でも意識して対応することでメンタルヘルス不調は予防できます。



この記事のポイント


  1. 人事労務担当者は「事例性」だけを評価する

  2. 「事例性」は「従業員の職場での背景」

  3. 「疾病性」の前に必ず「事例性」がある

  4. 復職時も原則は「事例性」だけ

  5. 従業員の職場での背景を把握するためしっかりと普段から見守



執筆者:富田崇由(とみだたかよし)

    さんぽテラス統括産業医

    





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